火の神様として古くから信仰の厚い愛宕(あたご)神社は、
京都が発祥で、日本の津々浦々にあるようです。
当日南市の愛宕神社は、飫肥(おび)城大手門通りの南、
酒谷川にかかる前鶴橋を過ぎるとすぐ右手の愛宕山にあります。
橋を渡ると右手にすぐ愛宕トンネルが目に付きますが、

その手前に愛宕神社へと登る鳥居があり、
この最初の鳥居から愛宕神社のほうを見上げると、また2つの鳥居があります。

登りながら階段数を数えてみました。
道路から約188段、ほんの数分で神社にたどり着きますが、
しんどい階段です。

ご覧のように急な階段で、雨でぬれていると、注意しないと滑ってしまいそうです。
急だからこの手すりが助かります。

いつごろできたんだろうか、朽ちております。この拝殿、
奥に本殿があります。
何となく寒々としたところです。
よく言うパワースポットでしょうが、早々に退散しようと思います。

石碑に伊東家の家紋がありました。
手前2つは庵木瓜(いおりもっこう)の紋。
庵とは簡素な家で、
木瓜は瓜を輪切りにしたその断面や鳥の巣を図案化したものといわれ、
子孫繁栄を祈る家紋である。(ウィキペディアから)
工藤氏・伊東一族紋、 (平安~)
日向伊東家の裏紋 飫肥藩伊東家の裏紋 だそうです。

すべては見なかったのですが、残りは十曜紋。
飫肥藩伊東家の定紋 (豊臣~)だそうです。

闇が神社の周りを覆いかぶさるようにやってきた。
時間がかなり過ぎたようだ。
「急ぎ帰ろう」と ノラ吉左衛門は思った。
江戸の今、飫肥の町では、かどわかし(誘拐)が増えておる。
この界隈でも、数日前ひとり忽然と消えていた。
歳の頃は、30を過ぎた、町でも評判の働き者であった。
十手を手にひげをピンと立て、今日、ここ愛宕神社を調べておった。
なっなんと、急な階段であろうか。
恐る恐る足を進める。尾はピンと立ち、目はギンと吊り上る。
背中を押すように冷たい風がよぎっていく。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

ようやっと、階段を降り切ると、温かな川風とともに魚の匂いが鼻を衝く。
ピクピクト勝手に動くひげ。現金なものだ。
今日は、鯉こくとフナの刺身で一杯。
夕間詰めに釣りでもいたそうか。
いい仕事をした。そう思った。

江戸享保2年、ノラ吉左衛門は、
愛宕神社の探索を終え、番屋への帰路に就いた。


















この縁側の、日の当たる場所がひなさんのお気に入りの場所だったんでがんす。











